2019.03.13

2019年2月に読んだ本

2019年2月の読書

1月の分に続いて2月分です。歯医者さんにいったり、
確定申告の書類をつくったり、箱根に旅行に出たりで
なんとも落ち着かないひと月だった。28日しかないの
がなんとも迷惑な話である。

本を読むのは簡単ですが、書くということがとてもお
っくうになってきました。

2月は、あまり面白い本にあたらなかった。〇や△を
つけたくなる本にであえなかった。期待外れという
意味ではたくさんあった。

献灯使 多和田葉子 
開化の浮世絵師清親 酒井忠康
拝啓、狛犬様-東京の狛犬めぐり
全国旅をしてでも行きたい街の本屋さん

などだ。ちょっとがっかりしてしまった。


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2019.03.07

2019年1月に読んだ本

2019年1月の読書
気がついたらすでに3月になっている。とりあえず読んだリストだけでも上げておこう。
記憶に残るものは、余華の兄弟。現代中国文学なのだろう。なかなか面白かった。文革
のもつエネルギーに改めて驚かされる。いずれにしても現代中国の底知れぬエネルギー
を感じさせられた。もう一つは平野啓一郎の『ある男』である。その他にはノンフィク
ション系の本二冊が面白かった。
◯兄弟 上 下 文革篇 余華/著, 泉京鹿/訳 文藝春秋
  201012
△ある男 平野啓一郎 文藝春秋 2018.9
  わざと忌み家を建てて棲む 三津田信三 中央公論新社
  2017.7
  僕は金になる 桂望実 祥伝社 2018.9
  コレクション戦争と文学 12 戦争の深淵 浅田次郎他/編集委員
  集英社 201301
 
  東京儚夢 銅板建築を訪ねて 高野慎三 論創社 2018.9
△文藝春秋作家原稿流出始末記 青木正美 本の雑誌社 2018.8
  現代真剣師物語 賭け将棋に憑かれた男たち 岸本王晴 
  東京書籍 1982
△真剣師小池重明 団鬼六 幻冬舎 199704
  職業、女流棋士 香川愛生 マイナビ出版 2018.8
  人間臨終図巻 1 山田風太郎 徳間書店 199610
  はたらかないで、たらふく食べたい 栗原康 
  タバブックス 201504
×漱石夫人は占い好き 半藤末利子 PHP研究所 200401
 
  小村雪岱挿繪集 小村雪岱 幻戯書房 2018.10
△不染鉄之画集 不染鉄 求龍堂 2018.3
  手紙 人と書 小松茂美 二玄社 1968
  日本の絵巻 20 一遍上人絵伝 小松茂美 中央公論社 198811
 
  初めての水墨画楽しく描ける基本とコツ  矢形嵐酔 講談社 2018.10
  漬けるおかず 味つけいらずで、すぐ絶品。ワタナベ マキ 世界文化社 201611
  ホテルオークラ元総料理長のわが家でプロの味 根岸規雄 KADOKAWA 2018.10

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2019.01.07

謹賀新年

Photo

上の版画の文字は『閑』です。オリジナルの文字は土岐二
三(1639-1732)と言う武士で50歳の時に浪人となり自在
軒と称し岡崎に庵を結んでいたそうです。いつ死んでもい
いように遺書を常に身に着け、茶の湯、香、花を楽しむ
生活を送る風流人でした。そんな生活が体によかったの
か、彼は94歳まで生きたそうです。この字は84歳の時の
ものです(手紙、小松茂美、二玄社、1968より)
 
「閑」は、「ひま」が多いわが身にふさわしい文字と選
んでみました。元の字は丸く心静かに暇を過ごしている
様を表しているのだそうです。筆のかすれが多く版画で
うまく表現できるか心配でしたが、筆のかすれた感じが
うまく表現できました。
 
完成した版画を人にみせたところ、なかなかいいねと褒
めてくれた所までは良かったのですが、「おまえさんの
現状をよくあらわしているよ。最近少しは丸くなってい
るけれど、この字ほど丸くはないな。しかし、年賀状に
選ぶ字としては奇抜な字を選んだものだ。よほど困って
いるのかなぁ」と変なことをいいだしたのです。気にな
って尋ねたところ「困っているのだろう」「年金だけで
生活するのだから困るのは当然だが、年賀状に書くとは
よほどのことなのか」と同情をかけてくれるのです。彼
はこの字を「困」と読んだのでした。そういわれてみる
と困の方に近い。
 
  角がとれてまるく静かにひまを楽しむ生活をあらわす
一方で、まるいお金に困っている様子をあらわしている
ようでもあります。一方は理想を、一方は厳しい現実を
あらわしているのが今年の年賀状ということにしたいと
思います。
みなさまにとって今年もよい一年であることをお祈り
申し上げます。

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2018年12月に読んだ本

2018年12月の読書
12月は20日間ほど旅行に出ていて、その準備とかで殆
ど本を読んでいません。
長期の旅行に行く時には旅行期間中に予約してある本、
常時10冊程度あり順位が30番ぐらいから2ー3位まで、
これが旅行期間中に取り置きされると、せっかく半年
も待ったものが無効になったりするわけです。また旅
行前にきても、荷物になるから持っていくわけにもい
かないのです。読まずに返すことになるわけです。
今月はそういう理由で以下の4冊。旅行に持っていけ
る囲碁のヨセの本を探してみました。持って行ったの
は大ヨセ集中講義にしました。少し難しすぎでした。
図書館の新刊で見つけた『古墳のひみつ』が面白かっ
たです。昔と違って古墳などが観光資源として利用さ
れるのですね。商業主義の道具以外の何物でもないで
すね。
古代浪漫の働く余地のない遺跡に変貌した古墳が日本
全国に散在していることに驚かされました。今の子供
たちはこれが古代と信じてしまうのでしょうね。

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2018.12.02

2018年11月に読んだ本

201811月に読んだ本


11月も終わって12月に入りました。今月で興味を惹かれた

ニュースは渡辺恒雄死亡のうわさだろう。結構信頼できる

ブロガーが最初に流したらしい。11月の末に退院するだろ

うとのニュースが流された。今をときめく安倍政権のメン

ターである彼の死亡は期待されているのだろう。最初の情

報が直ちに公的に否定されなかったのが引っかかる話だっ

た。

 

 

今月の小説は吉田修一の「国宝」が面白かった。読み始め

はヤクザの出入りの小説かと思ったけれど。青春編が人生

の定まらない時期の青年の危うさをうまく表現していると

思う。島本の「ファーストラブ」は図書館で人気の一冊。

臨床心理士の女性の彼女自身の過去と画家の父親殺しの女

子大生の過去とを描いた作品。まこの歳になっても喜んで

読む本ではないけれど。万城目学のホルモー六景はこの作

者の豊かな想像力からすればスイスイと書けるのだろう。

元の話を知らなければ、ちょっとついていけないだろう。

大沢在昌の新宿鮫は舞台が新宿十二社池ということで身近

に感じて読む。なかなか面白く読めた。辻章の子供たちの

居場所は暗くていけない。栗原康の「死してなお踊れ」は、

一遍聖絵の現代版絵解き本といったところだ。読みやすい

のはいいし、教義についても丁寧に説明してくれている。

 

 

今月は、ノンフィクション系をいくつか読んだけれど、あ

まり感動できなかった。松村洋の「歌に聴く沖縄」はやや

専門過ぎて読者としての僕の能力がたりなかった。インタ

ーネトをお供に書かれている曲をyoutubeで聴きながら

読んだ。この人の生の授業できけたならば圧倒的におもし

ろいだろうと思う。この授業をとった学生は贅沢だ。


ノンフィクションは書き手によって素材が死んでしまうの

が残念だ。戸板や千谷は書き手の嫌味が文章にありありと

表れてしまう。もっとも書かれた時代のせいかもしれない

が。

 

 

「樹脂封入標本の作り方」根津貴博。この本を手に取っ

たのは図書館の新刊棚にあり美術書と思って手にしたの

だ。こんな世界があるのかとビックリしたが、すぐにこ

本が只者でないことに気がつく。高価な美術書そのも

のであり、閉じ込められた昆虫たちの写真は静物画の写

真そのもので、死は永遠であることを象徴しているよう

だった。すごく手の込んだ出版物であり、立派な出版に

たいして賞が与えられるならば、間違いなく入賞すべき

本だ。

 

 

料理関係はなかなかいいのに当たらない。今回は「もう

レシピ本はいらない」稲垣の本に騙された。この人は話

を作りすぎる。自分が強調したいことある時には、小さ

なことでも、場合によっては大きなことでも簡単に無視

してしまう。これは才能というべきだろう。騙される快

感も読書の楽しみであるからこれはこれでいい。具体的

には、干し野菜に騙された。圧倒的に楽になる、圧倒的

に美味しくなる。嘘である。切ってそのまま料理すれば

いいものをわざわざ干すのは大変な手間だ。美味しくな

るかは、それほど?という程度である。干す必然性のあ

るものはそんなに多くないと思う。彼女のおかげで2

干し野菜の本を図書館で借りた。読んでみたら手間がか

かることが正直に書いてあった。おいしさについてもあ

まり強調されておらず栄養的に凝縮されることが強調さ

れていた。

 

アマゾンで干しネットを600円でお買いあげで、これ

までに3回チャレンジ。干し上がって行く様子は自然

の恵みを享受するようでなんとも嬉しいものだ。さつ

まいもを干して作った砂糖煮は文句なく甘かった。砂

糖にハチミツもたくさん入れたから当然か。


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2018.11.29

文房具雑感 完 いろいろな文房具

もうすぐ12月です。かんたんに終わらせられと思っていたのが実に甘い。まだ31だ。がんばって今回で終わらせてしまおう。

 

31ペーパー・ナイフ 子供にとっては全く不要なもの。紙も切れないナイフなどに全く魅力を感じなかった。なぜか引き出しには入っていた。普通のナイフと違って把っ手の部分に彩色された模様がついていいたのを覚えている。大学に入ってフランス語をとったので仏語のペーパーブックを買って使ってみたいと思ったけれど、そんな難しい本を読むレベルには到達する前に終わっていた。

 

32テープ・ライター あったらいいなと思っていたけれど結局買ったことはなかった。学校などで自分の名前をつくって貰って喜んだのを覚えている。子供には敷居の高い文房具だった。

 

33スクラップ・ブック これは大学生になってからだろう。何かの興味がわいた時新聞記事を取っておきたいと思うことが定期的に起きる。興味が長く続くことは一回もなかった。惨めに糊付けされた新聞記事が数ページあるスクラップブックが数冊あったのを思い出す。表紙にタイトルが書かれているのも虚しいものだ。なんでこんなことに興味をもったのか不思議な気持ちになったものだ。

 

34鉛筆削器 手回しの鉛筆削りは活躍した文房具の1つではないだろうか。電動の鉛筆削りをもらった時にとても感激したことからも、それまでどれほど鉛筆削りを活用してきたがわかる。ただ鉛筆の減りは機械化されるにつれ激しくなったのだろう。しかしパソコンを使うようになって全くと言っていいくらい出番がない。

 

35 机そのものの思い出よりは、机の引き出しのほうが多い。学期の開始前にかならず引き出しの整理をした。新年度の始まりの時は各段の引き出しの底に新しいハトロン紙をひいた。それぞれの段に決まったものを整理してしまいなおすのが習慣だった。この習慣は大人になっても続いたけれど、整理をするのは、仕事に行き詰まった時というのが違う。

 

36書棚 書棚については自分で家を建てた人とそうでない人で思い出が全然違うだろうと思う。不幸な事に家を建てたことがないので書棚は入りきらなくなると安物を売っている家具屋で購入した。90センチぐらいの幅で高さ150センチくらいのもの。これを置ける場所に次々置いていく。みっともないといたっらない。しかし床におくより数段いい。この種の本棚に相応なのは文庫本か新書だろう。きれいにおさまるこんな本棚でも格好がつく。

 

37クレヨン 今でも絵を描く人ならもっているだろう。描かなくても何故か新品に近いクレヨンセットをもっていたりする。新品に近いから捨てる気にならないし、子供のころに感じた貴重品感はなかなかおもいきれないのだ。クレパスのほうがよく使ったけれど減りが早く、周りをよごしやすいので躊躇なく捨ててしまったのだろう。

 

38謄写版 中学校のときにハガキを印刷できる謄写版を買ってもらったと思う。ガリ版を切るのだが、残念な事に絵心がないうえに、字が下手ときたもので、せっかく印刷しても自己嫌悪をかんじるだけだったので、つかうことはほとんどなかった。でも大事に保存していた。考えてみると字も絵も上手くってもたくさん印刷しても配るところがないのだから無意味なものだった。でも印刷できるという感じはインパクトが強かった。

 

39筆入 不思議な事に小学校の頃の筆箱の思い出全然ない。きれいに鉛筆を削ってキャップをかぶせ、消しゴム、定規などを入れてランドセルに収めたのだろう。そういえば中学になってセルロイドの筆入れではなかったのは確かだけれど、どんなケースだったか記憶にない。大学生になったころは万年筆が入る皮のケースだった。インクがこぼれて汚くなったのを今おもいだした。それにしても実感が戻ってこないのが不思議だ。

 

40色鉛筆 クレヨンと同じように、新しい色鉛筆が長い間引き出しの中にいた。そして色鉛筆の存在さえも忘れてしまうころ、文房具屋できれいに展示された色鉛筆をみると、無性に買いたくなる。幸い高額なので衝動買いをしないですんでいる。

 

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2018.10.30

2018年10月に読んだ本

政治状況がかつてないほどに沈滞していると感ぜられる。twitterで思想性の近い人々の発言の流れだけをみていると、どうして世の中が変わらないのかという無力感だけが残る。彼らがこれだけのスキャンダルを繰り返しても、彼らの馬鹿さ加減、程度の低さをののしることができるだけで、なにひとつダメージを与えられないという無力感である。ツイッターをみればみるほどその感が強くなる。たぶん多くの人がそんな風に感じているのだろう。


今月も時間があったせいかたくさん読んだ。それになかなか面白い本にも出会えた。小説では、吉田修一の「パレード」、それに藤田宣永の「転々」が作者の力量をかんじさせられた。内館牧子の「すぐ死ぬんだから」の毒気のあるスタートがいい。特にいいというのではないけれど企業がらみの小説というのはみんな似ているけれど時間つぶしに読むには害がない。自分の好みのひとつなんだろう。田畑暁生「あの頃、バブル」は知人の作品ということで読んでみた。彼が若いころに書いたものということで小説としては未完成という感じであるが、あの時代の雰囲気がしっかりにじみでていたと思う。いくつかおもしろいのがあった。


ノンフィクション系でもあたりが多かった。かげはら史帆「ベートーヴェン捏造」音楽好きにとっては常識なのかもしれないけれど、まさにベートーヴェン捏造者をえがきだしていておもしろかったしとても読みやすい。こちらもなぜか贋作づいているけれど、スタン・ラウリセンスの「贋作王ダリ シュールでスキャンダラスな天才画家の真実」も文句なくおもしろい。ダリそのものが贋作しているという素晴らしさ。とてもいい。柳父章「翻訳語成立事情」は古い本だが、いま読んでもおもしろい。根無し草みたいな翻訳語が根無し草であるがゆえに日本の近代化のなかで意味を形成するのに有益だったという指摘はすごい。レイチェル・ハーツの「あなたはなぜ「カリカリベーコンのにおい」に魅かれるのか」は臭覚を専門とする心理学者の書いた専門書。豊富な事例をもとにいかに私たちの食生活がマーケッティングの対象とされているのかを理解させてくれる。


 その他の領域では、散歩関係で宮田珠己の「東京近郊スペクタクルさんぽ」が発想がとてもおもしろい。行ってみたくなる場所もいくつかあった。マテウシュ・ウルバノヴィチの「東京店構え」は東京の昔の商店をスケッチしたもの。

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2018.10.08

文房具雑感 5 カーボン紙、鳩目、スタンプ台、筆、セロハンテープ

ぼちぼち息切れがしてきました。つまらないことを始めたものだと後悔しきり。でものりかかった船ですからもう一息がんばってみましょう。本当に書きたかったことは、パソコンの登場によって文房具の位置づけが大きく変わったことだったのだけれど、大きく脱線してしまった。

21カーボン紙 かなり昔からつかうことはないけれど机の中に大事にしまわれていた。コピー機のない時代には物を正確にうつすことのできる魔法の道具でもあった。とても貴重品だったという記憶がある。何回も使うと当然だがうつりが悪くなる。コピーするということに関してはなんとも便利な時代になったものである。

 

22鳩目パンチ どうして串田さんの本にこれがあったのか不思議ではある。そもそも文房具ではなくて工具である。それに工具といってもとても専門的なものだ。この道具がなくても千枚通しで穴をあければ、それで十分だった。わざわざ鳩目パンチで穴をあけて金具をつけるのは邪道である。最近携帯のカバーに紐を通すのに鳩目パンチをつかった。

 

23スタンプ台 スタンプそのものが子供心にはすごい道具だ。印刷機の簡易版といったところである。活字と同じ文字が利用できるのである。僕の印象にのこっているスタンプは日付を印刷するものだった。1957/ 9/18という具合にスタンプできるものだった。ゴムで年数。月、日が動かすことができる。とても印象に残っているのはそのスタンプが未来の年号をもっていることだった。たぶん10年ぐらいさきの年号だったと思う。10歳のころだったから、10年先といったら20歳になっている。おそろしいほど先にある未来だ。

 

 

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2018.10.01

2018年9月に読んだ本

この9月には関西方面の台風や北海道地震など広範囲でおおきな災害が続いて起こった。さらに30日には沖縄に超大型台風がやってきた。東京についてはじつに雨の多い月だった。といっても梅雨のように雨が続くというよりは天気の変化が激しかったと思う。それに9月に入って急激に涼しくなり、月末には寒さを感じるぐらいになった。そのせいで自宅にいる時間が長かったせいか読書が進んだ。

小説では「任侠浴場」 今野敏、「未来」 湊かなえが面白かった。ゾラの本は積読本だったが寝ながら読んでみた。結構時間がかかったが要するにつまらない本だった。時代の中で読む本なのだろう。ネイルサイモンは亡くなったから読んだわけではなく、先月読んだ「物語を忘れた外国語」黒田龍之助が英語の勉強によいとすすめてあったので読んでみた。会話ばかりで使いたくなるフレーズが随所にでてきた。残念なことに図書館にはネイルサイモンの英語の戯曲集は大部の上下本があるけれど手軽に読むわけにはいかない。重くて困る。今月はたくさん読んだけれどバツが多く、特におもしろいというものに当たらなかった。

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2018.09.10

文房具雑感 4 鉛筆、下敷き、文鎮、封筒、便箋

 まだまだ道半ばにもなっていません。文房具の種類の多いことにおどろかされますね。

16.鉛筆 文房具の中で鉛筆ほど身近なものはない。身近だけれども雑に扱うことはなかった。小学校時代、鉛筆はとても大事な道具だった。「短くなっても」と書いていて鉛筆につけた道具の名前が思い出せない。そこでグーグルに聞いてみた。調べようがないので、「鉛筆を長くするやつ」といれてみたら、しっかりででてきました。この「長くするやつ」は、補助軸とかホルダーというのだそうだ。そういえば鉛筆ホルダーって言っていたか思いだす。「短くなっても」ホルダーをつけて使っていたし、ホルダーに入らなくなった短い鉛筆も捨てずにいくつも引き出しにはいっていた。

現在はほとんど鉛筆を使わないものだから、長い鉛筆がたくさん削られたままでケースに入っているし、使っていない新品も1ダースも2ダースも残っている。引き出しの中で独特の存在感をもって鎮座している。使わないからといって捨てる気にもならないところがすごい。

 

17.下敷 鉛筆をつかっていた時代は必需品でした。学校に行って下敷きを忘れてしまうと、実に悲惨でした。下敷きがないと字が汚くなるのは当然だが、もともと字が下手なのだからあまり気にはならなかったが、鉛筆の芯先でノートを破ってしまうのに本当に困ったことを覚えている。下敷きは確かランドセルの一番後ろに入れていたという記憶があるがほんとうかしらん。

下敷きといったら最初に思い出すのは、文房具としての利用ではなくて、静電気をおこす道具として使ったことだ。下敷きは、とても身近な科学の実験道具だったわけです。

 

18.文鎮 習字をしなくなってから文鎮はまったく出番がなかった。しかし、小学校の習字の時に購入させられた金属製の文鎮は、きらきらと銀色に輝く金属製品であるというだけの理由で机の中では存在感のあるものだった。なぜか全く使わないのに何十年も捨てられることなく引き出しにしまわれ続けてきた。無用の長物そのものだった。

 

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