2019.05.16

大江戸骨董市出店

2019511日大江戸骨董市に出店した。五月晴れというのだろう。すがすがしい風が国際フォーラムの広場を抜けていく。2017年528日以来だ。

 久しぶりということもあるけれど、客の目線が大きく変化していることに気が付いた。伊万里の染付の上手ものに視線がまったく止まらない。かわりに中国系の染付を手に取る中国人が何人もいる。スマホで写真にとって離れていく。他の業者に聞いたら彼らは写真を送って指令があると戻ってきて買うらしい。あるいは、瀬戸の油皿など土物系。それに木製の手あぶりなどが売れた。伊万里では安手の小皿で染付でないものばかりが手に取られる。

 西洋骨董は手に取る人が多いけれど値段が高いので食いつきが悪い。次回の出店からは西洋物と和物とを混在させるのをやめにしよう。いずれかを丁寧に展示していくことにしようと反省。

 

Img_6535

 どうやら骨董市にくる人々の嗜好がここ10年くらいの間に変化してかつては王道だった伊万里染付系から変わっているのかもしれない。若いころに街の骨董屋に入ってみると、旧態依然の品ぞろえでなにひとつ面白いものがないと感じた。古いものを扱っているのだから、旧態依然で当然なのかもしれないが、買う側からいえばほしいものを扱っていなければ魅力がない。いかにそれが骨董品として価値のあるものであったとしてもだ。骨董品の価値は時間とともに変化するのがおもしろい。

 

 骨董市に参加する最大の楽しみは、買い物にくる人々を観察することだ。売り手の側にたって眺めてみると、骨董市を歩いている人々が水族館の大きな水槽の中を回遊している魚のように見えてくる。ただ見ているだけで、とてもおもしろい。それに屋外のさわやかな風が最高であった。

 その中で三重からやってきた印象的な若いカップルがいた。ティーカップの前でいろいろと手に取っていた。話を聞くと、彼女が高校のころ友達の家に遊びに行ったら、ティーカップのコレクションが飾られていて、それで紅茶を飲んで、こんなコレクションにあこがれをもったという。自分も結婚したらそんな風にかざってみたいと思っていたという。まだコレクションをはじめていないとのこと。手に取った二点は、ティーカップ(薄緑金彩ぶどう絵)のとても素敵なものと、不揃いティーカップで、もしも揃いであれば一万円はするものだ。ついつい破格の値段で売ってしまった。彼女の家にアンティークのティーカップのショーケースがつくられることを期待したい。

 

| | Comments (0)

2019.04.30

2019年4月に読んだ本

4月の前半は囲碁に集中。スタートに4連敗したが、理由が分かってそのあとは善戦し中旬には105敗と勝ち越しで終わらせた。最初に負けた理由は先月後半にIPADのアプリ上海という他愛ないゲームで時間つぶしをしたためである。このゲーム何も考えずに同じ種類の麻雀牌を見つけると消すことができる。全部の牌を消せれば終了。よくできたゲームでできなければもう一回。できればやっぱりもう一回やりたくなるという仕掛けである。他力本願で進行するゲームである。これがいけなかった。囲碁ではやはり他力本願はだめだという当たり前の事実を教えられた。これに気が付いたら、負けている碁もひっくり返すことができた。後半には飲む機会が多かった。あれやこれやで4月は読んだ本は少なかった。

 

くずし字の勉強に、あたらしい方法をみつけた。これまでは図書館でくずし字の手習い蝶てきなものを借りてきて、裏紙に万年筆で翻刻というのをやってきた。今月から仮名を中心にということで、有名な絵巻を読むことにきめたのだった。これについては別稿で書こうと思う。伴大納言絵詞と一遍上人絵伝を読了し、今はおくの細道にチャレンジ中である。

 

面白かったのは、吉田修一の2冊。路は、台湾と日本が舞台。元職員はタイが舞台の小説でいずれもおもしろい。もう一冊は小説ではなくノンフィクションというのか「ヘンリー・ミラーの八人目の妻」ホキ徳田がおもしろい。いろいろな人生があるのだなぁと感心しきり。不思議にリアリティを感じさせる文章でホキがラスベガスでオープンさせた店のドタバタは目に浮かぶように思い出させる。読書の日記は、インターネット時代の出版でブログそのまま本のひとつ。ブログで読んでこそ楽しめるが、出版物にするのはどうなんだろう。特に書籍にかかわる人がやるべきことではないだろう。

 

 

20194月の読書

 

〇路(ルウ) 吉田修一 文藝春秋 201505

元職員 吉田修一 講談社 200811

 都市空間の明治維新 江戸から東京への大転換 松山恵 筑摩書房 2019.1

×読書の日記 阿久津隆 NUMABOOKS 2018.6

ヘンリー・ミラーの八人目の妻 ホキ徳田 水声社 201312

 写楽まぼろし 杉本章子 文芸春秋 198901

平成史 佐藤優 片山杜秀 小学館 2018.4

なぜ日本だけディズニーランドとUSJが「大」成功したのか? 中島恵 三恵社 2017.12

 フード左翼とフード右翼 食で分断される日本人 速水健朗 朝日新聞出版 201312

 日本の美術 12 伴大納言絵巻 小学館 199104

日本の絵巻 20 一遍上人絵伝 小松 茂美 /編 中央公論社 198811

 

 

 

 

 

| | Comments (0)

2019.04.08

かっぱ橋道具街散策

先日かっぱ橋道具街を歩きました。東京離れしたとてもおもしろい場所です。この道具街は多分日本一の道具街だろうと思います。とても国際化されていて、フリーwifiも随所に用意され、また外国人にたいしてもとても柔軟な対応をしているようです。
とても印象的だったのは料理店のサンプルを扱う商店でした。商品のインパクトはもちろん、その価格の高さも驚嘆します。そのうえサンプルを売るお店は写真をとっていいと掲示されていました。外国の人が盛んに写真にとっているのが印象的でした。かっぱ橋道具街のインターネットアドレスは http://www.kappabashi.or.jp です。

 

この街の近辺をふくめて、とてもいい雰囲気の建物がたくさんありましたが、その中のいくつかを心覚えにアップしたいと思います。

 

ひとつは仏具屋さん。あの辺りは仏具屋さんストリートなのですね。十数年前に仏壇を求めた時には大きな仏壇しかなく小さなものを買うのに結局インターネットでさがしあてたものです。今はどの仏具屋さんでも小さい仏壇ばかりが展示されていて時代を感じました。
そんななかにあったビルが最初の写真。とても立派なビルですが、商売を閉じることなんか全然考えないでつくったのでしょうね。
Photo

 

次は、これぞ看板建築の権化みたいな建物です。実に立派な看板が正面を飾っているのが分かります。看板建築と言っても表の看板にあたる部分しか見えないので建物本体と勘違いしてしまいますが、この写真をみれば一目瞭然ですね。

 

2 1

 

次は、ここは大阪ではと思わせるデコレーション。さすがかっぱ橋ですね。
Img_3250

 

最後はコックさんの制服ばかり扱っているビルですが、窓に向かって制服がずらりと展示されていました。ちょっと怖い。
Photo_2

 

ということで、浅草に来られた際にはかっぱ橋に足をのばしてみたらいかがてしょうか。

 

| | Comments (0)

2019.04.07

2019年3月に読んだ本

20193月の読書

 

確定申告の書類をつくったり、箱根に旅行に出たりで三月も終わってしまいました。勤めがあった時はこれからの1年を考えるとかなり気が重かったのを思い出します。年の途中から始まる年度という制度はただでさえ短い一年をより短かくしてしまっていると改めて感じます。

 

明治になって制度化された天皇の死によって改元されるという権力の神格化システムをいとも容易に放棄したことをどのように捉えていいのか難しいところですね。天皇の死から解放された改元など西暦を用いる日本においてどのような意味を持ちうるのかはなはだ疑問に思います。とても軽いものになると思います。このように考えるとこの4月の馬鹿げた改元騒動がすんなり理解できるような気がします。

 

3月は面白い小説がありました。「あなたの人生、片づけます」垣谷美雨。断捨離ブームがありましたが、これは物の断捨離と同時に心の断捨離をしてくれる片付け屋の話でした。「ハノイ挽歌」 辺見庸 この本はベトナムの空気を感じさせる本でした。もう一冊は「巨大銀行の消滅」鈴木恒 これはノンフィクションというか当事者の回顧本ですが戦後政治のなかで巨大銀行が潰れる意味の大きさを教えられました。「官邸ポリス」はツイッターの情報を寄せ集めて書かれたとしか思えない雑な話で小説ともいえないひどい本でした。書籍の編集者の質の低下がミエミエです。雑な本作りが横行しているようです。そのような意味では「お好み焼きの物語」もひどい本のひとつでしょう。ネットで語る分にはいっこうに構わないけれど書籍として発行する以上は、しっかりした構成をとってほしいものです。せっかくお好み焼きというおもしろい題材なのに残念です。

 

 

20193

〇あなたの人生、片づけます 垣谷美雨 双葉社 201611

△ハノイ挽歌 辺見庸 文芸春秋 199510

大名絵師写楽 野口卓 新潮社 2018.9

東京新大橋雨中図 杉本章子 新人物往来社 198811

まさかまさか 野口卓 集英社 2019.1

新・東海道五十三次 武田泰淳 中央公論新社 2018.11

×官邸ポリス 総理を支配する闇の集団 幕蓮 講談社 2018.12

△巨大銀行の消滅 長銀「最後の頭取」10年目の証言 鈴木恒男 東洋経済新報社

×お好み焼きの物語 執念の調査が解き明かす新戦前史 近代食文化研究会 新紀元社 2019.1

天井美術館 五十嵐太郎 グラフィック社2019.1

東京のちいさなアンティークさんぽ レトロ雑貨と喫茶店 増山かおり エクスナレッジ2018.5

萩 津和野 門司港レトロ 下関 JTBパブリッシング 201612

津和野・松江・石見銀山 実業之日本社 201307

へったぴさんのためのお絵描き入門 森永みぐ インプレス 2018.6

鶏むね、鶏もも、俺に任せろ! 「賛否両論」店主・笠原将弘のチキン倶楽部 笠原将弘 角川マガジンズ 201203

 

 

 

 

 

 

| | Comments (0)

2019.03.13

2019年2月に読んだ本

2019年2月の読書

1月の分に続いて2月分です。歯医者さんにいったり、
確定申告の書類をつくったり、箱根に旅行に出たりで
なんとも落ち着かないひと月だった。28日しかないの
がなんとも迷惑な話である。

本を読むのは簡単ですが、書くということがとてもお
っくうになってきました。

2月は、あまり面白い本にあたらなかった。〇や△を
つけたくなる本にであえなかった。期待外れという
意味ではたくさんあった。

献灯使 多和田葉子 
開化の浮世絵師清親 酒井忠康
拝啓、狛犬様-東京の狛犬めぐり
全国旅をしてでも行きたい街の本屋さん

などだ。ちょっとがっかりしてしまった。


» Continue reading

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2019.03.07

2019年1月に読んだ本

2019年1月の読書
気がついたらすでに3月になっている。とりあえず読んだリストだけでも上げておこう。
記憶に残るものは、余華の兄弟。現代中国文学なのだろう。なかなか面白かった。文革
のもつエネルギーに改めて驚かされる。いずれにしても現代中国の底知れぬエネルギー
を感じさせられた。もう一つは平野啓一郎の『ある男』である。その他にはノンフィク
ション系の本二冊が面白かった。
◯兄弟 上 下 文革篇 余華/著, 泉京鹿/訳 文藝春秋
  201012
△ある男 平野啓一郎 文藝春秋 2018.9
  わざと忌み家を建てて棲む 三津田信三 中央公論新社
  2017.7
  僕は金になる 桂望実 祥伝社 2018.9
  コレクション戦争と文学 12 戦争の深淵 浅田次郎他/編集委員
  集英社 201301
 
  東京儚夢 銅板建築を訪ねて 高野慎三 論創社 2018.9
△文藝春秋作家原稿流出始末記 青木正美 本の雑誌社 2018.8
  現代真剣師物語 賭け将棋に憑かれた男たち 岸本王晴 
  東京書籍 1982
△真剣師小池重明 団鬼六 幻冬舎 199704
  職業、女流棋士 香川愛生 マイナビ出版 2018.8
  人間臨終図巻 1 山田風太郎 徳間書店 199610
  はたらかないで、たらふく食べたい 栗原康 
  タバブックス 201504
×漱石夫人は占い好き 半藤末利子 PHP研究所 200401
 
  小村雪岱挿繪集 小村雪岱 幻戯書房 2018.10
△不染鉄之画集 不染鉄 求龍堂 2018.3
  手紙 人と書 小松茂美 二玄社 1968
  日本の絵巻 20 一遍上人絵伝 小松茂美 中央公論社 198811
 
  初めての水墨画楽しく描ける基本とコツ  矢形嵐酔 講談社 2018.10
  漬けるおかず 味つけいらずで、すぐ絶品。ワタナベ マキ 世界文化社 201611
  ホテルオークラ元総料理長のわが家でプロの味 根岸規雄 KADOKAWA 2018.10

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2019.01.07

謹賀新年

Photo

上の版画の文字は『閑』です。オリジナルの文字は土岐二
三(1639-1732)と言う武士で50歳の時に浪人となり自在
軒と称し岡崎に庵を結んでいたそうです。いつ死んでもい
いように遺書を常に身に着け、茶の湯、香、花を楽しむ
生活を送る風流人でした。そんな生活が体によかったの
か、彼は94歳まで生きたそうです。この字は84歳の時の
ものです(手紙、小松茂美、二玄社、1968より)
 
「閑」は、「ひま」が多いわが身にふさわしい文字と選
んでみました。元の字は丸く心静かに暇を過ごしている
様を表しているのだそうです。筆のかすれが多く版画で
うまく表現できるか心配でしたが、筆のかすれた感じが
うまく表現できました。
 
完成した版画を人にみせたところ、なかなかいいねと褒
めてくれた所までは良かったのですが、「おまえさんの
現状をよくあらわしているよ。最近少しは丸くなってい
るけれど、この字ほど丸くはないな。しかし、年賀状に
選ぶ字としては奇抜な字を選んだものだ。よほど困って
いるのかなぁ」と変なことをいいだしたのです。気にな
って尋ねたところ「困っているのだろう」「年金だけで
生活するのだから困るのは当然だが、年賀状に書くとは
よほどのことなのか」と同情をかけてくれるのです。彼
はこの字を「困」と読んだのでした。そういわれてみる
と困の方に近い。
 
  角がとれてまるく静かにひまを楽しむ生活をあらわす
一方で、まるいお金に困っている様子をあらわしている
ようでもあります。一方は理想を、一方は厳しい現実を
あらわしているのが今年の年賀状ということにしたいと
思います。
みなさまにとって今年もよい一年であることをお祈り
申し上げます。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018年12月に読んだ本

2018年12月の読書
12月は20日間ほど旅行に出ていて、その準備とかで殆
ど本を読んでいません。
長期の旅行に行く時には旅行期間中に予約してある本、
常時10冊程度あり順位が30番ぐらいから2ー3位まで、
これが旅行期間中に取り置きされると、せっかく半年
も待ったものが無効になったりするわけです。また旅
行前にきても、荷物になるから持っていくわけにもい
かないのです。読まずに返すことになるわけです。
今月はそういう理由で以下の4冊。旅行に持っていけ
る囲碁のヨセの本を探してみました。持って行ったの
は大ヨセ集中講義にしました。少し難しすぎでした。
図書館の新刊で見つけた『古墳のひみつ』が面白かっ
たです。昔と違って古墳などが観光資源として利用さ
れるのですね。商業主義の道具以外の何物でもないで
すね。
古代浪漫の働く余地のない遺跡に変貌した古墳が日本
全国に散在していることに驚かされました。今の子供
たちはこれが古代と信じてしまうのでしょうね。

» Continue reading

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.12.02

2018年11月に読んだ本

201811月に読んだ本


11月も終わって12月に入りました。今月で興味を惹かれた

ニュースは渡辺恒雄死亡のうわさだろう。結構信頼できる

ブロガーが最初に流したらしい。11月の末に退院するだろ

うとのニュースが流された。今をときめく安倍政権のメン

ターである彼の死亡は期待されているのだろう。最初の情

報が直ちに公的に否定されなかったのが引っかかる話だっ

た。

 

 

今月の小説は吉田修一の「国宝」が面白かった。読み始め

はヤクザの出入りの小説かと思ったけれど。青春編が人生

の定まらない時期の青年の危うさをうまく表現していると

思う。島本の「ファーストラブ」は図書館で人気の一冊。

臨床心理士の女性の彼女自身の過去と画家の父親殺しの女

子大生の過去とを描いた作品。まこの歳になっても喜んで

読む本ではないけれど。万城目学のホルモー六景はこの作

者の豊かな想像力からすればスイスイと書けるのだろう。

元の話を知らなければ、ちょっとついていけないだろう。

大沢在昌の新宿鮫は舞台が新宿十二社池ということで身近

に感じて読む。なかなか面白く読めた。辻章の子供たちの

居場所は暗くていけない。栗原康の「死してなお踊れ」は、

一遍聖絵の現代版絵解き本といったところだ。読みやすい

のはいいし、教義についても丁寧に説明してくれている。

 

 

今月は、ノンフィクション系をいくつか読んだけれど、あ

まり感動できなかった。松村洋の「歌に聴く沖縄」はやや

専門過ぎて読者としての僕の能力がたりなかった。インタ

ーネトをお供に書かれている曲をyoutubeで聴きながら

読んだ。この人の生の授業できけたならば圧倒的におもし

ろいだろうと思う。この授業をとった学生は贅沢だ。


ノンフィクションは書き手によって素材が死んでしまうの

が残念だ。戸板や千谷は書き手の嫌味が文章にありありと

表れてしまう。もっとも書かれた時代のせいかもしれない

が。

 

 

「樹脂封入標本の作り方」根津貴博。この本を手に取っ

たのは図書館の新刊棚にあり美術書と思って手にしたの

だ。こんな世界があるのかとビックリしたが、すぐにこ

本が只者でないことに気がつく。高価な美術書そのも

のであり、閉じ込められた昆虫たちの写真は静物画の写

真そのもので、死は永遠であることを象徴しているよう

だった。すごく手の込んだ出版物であり、立派な出版に

たいして賞が与えられるならば、間違いなく入賞すべき

本だ。

 

 

料理関係はなかなかいいのに当たらない。今回は「もう

レシピ本はいらない」稲垣の本に騙された。この人は話

を作りすぎる。自分が強調したいことある時には、小さ

なことでも、場合によっては大きなことでも簡単に無視

してしまう。これは才能というべきだろう。騙される快

感も読書の楽しみであるからこれはこれでいい。具体的

には、干し野菜に騙された。圧倒的に楽になる、圧倒的

に美味しくなる。嘘である。切ってそのまま料理すれば

いいものをわざわざ干すのは大変な手間だ。美味しくな

るかは、それほど?という程度である。干す必然性のあ

るものはそんなに多くないと思う。彼女のおかげで2

干し野菜の本を図書館で借りた。読んでみたら手間がか

かることが正直に書いてあった。おいしさについてもあ

まり強調されておらず栄養的に凝縮されることが強調さ

れていた。

 

アマゾンで干しネットを600円でお買いあげで、これ

までに3回チャレンジ。干し上がって行く様子は自然

の恵みを享受するようでなんとも嬉しいものだ。さつ

まいもを干して作った砂糖煮は文句なく甘かった。砂

糖にハチミツもたくさん入れたから当然か。


» Continue reading

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2018.11.29

文房具雑感 完 いろいろな文房具

もうすぐ12月です。かんたんに終わらせられと思っていたのが実に甘い。まだ31だ。がんばって今回で終わらせてしまおう。

 

31ペーパー・ナイフ 子供にとっては全く不要なもの。紙も切れないナイフなどに全く魅力を感じなかった。なぜか引き出しには入っていた。普通のナイフと違って把っ手の部分に彩色された模様がついていいたのを覚えている。大学に入ってフランス語をとったので仏語のペーパーブックを買って使ってみたいと思ったけれど、そんな難しい本を読むレベルには到達する前に終わっていた。

 

32テープ・ライター あったらいいなと思っていたけれど結局買ったことはなかった。学校などで自分の名前をつくって貰って喜んだのを覚えている。子供には敷居の高い文房具だった。

 

33スクラップ・ブック これは大学生になってからだろう。何かの興味がわいた時新聞記事を取っておきたいと思うことが定期的に起きる。興味が長く続くことは一回もなかった。惨めに糊付けされた新聞記事が数ページあるスクラップブックが数冊あったのを思い出す。表紙にタイトルが書かれているのも虚しいものだ。なんでこんなことに興味をもったのか不思議な気持ちになったものだ。

 

34鉛筆削器 手回しの鉛筆削りは活躍した文房具の1つではないだろうか。電動の鉛筆削りをもらった時にとても感激したことからも、それまでどれほど鉛筆削りを活用してきたがわかる。ただ鉛筆の減りは機械化されるにつれ激しくなったのだろう。しかしパソコンを使うようになって全くと言っていいくらい出番がない。

 

35 机そのものの思い出よりは、机の引き出しのほうが多い。学期の開始前にかならず引き出しの整理をした。新年度の始まりの時は各段の引き出しの底に新しいハトロン紙をひいた。それぞれの段に決まったものを整理してしまいなおすのが習慣だった。この習慣は大人になっても続いたけれど、整理をするのは、仕事に行き詰まった時というのが違う。

 

36書棚 書棚については自分で家を建てた人とそうでない人で思い出が全然違うだろうと思う。不幸な事に家を建てたことがないので書棚は入りきらなくなると安物を売っている家具屋で購入した。90センチぐらいの幅で高さ150センチくらいのもの。これを置ける場所に次々置いていく。みっともないといたっらない。しかし床におくより数段いい。この種の本棚に相応なのは文庫本か新書だろう。きれいにおさまるこんな本棚でも格好がつく。

 

37クレヨン 今でも絵を描く人ならもっているだろう。描かなくても何故か新品に近いクレヨンセットをもっていたりする。新品に近いから捨てる気にならないし、子供のころに感じた貴重品感はなかなかおもいきれないのだ。クレパスのほうがよく使ったけれど減りが早く、周りをよごしやすいので躊躇なく捨ててしまったのだろう。

 

38謄写版 中学校のときにハガキを印刷できる謄写版を買ってもらったと思う。ガリ版を切るのだが、残念な事に絵心がないうえに、字が下手ときたもので、せっかく印刷しても自己嫌悪をかんじるだけだったので、つかうことはほとんどなかった。でも大事に保存していた。考えてみると字も絵も上手くってもたくさん印刷しても配るところがないのだから無意味なものだった。でも印刷できるという感じはインパクトが強かった。

 

39筆入 不思議な事に小学校の頃の筆箱の思い出全然ない。きれいに鉛筆を削ってキャップをかぶせ、消しゴム、定規などを入れてランドセルに収めたのだろう。そういえば中学になってセルロイドの筆入れではなかったのは確かだけれど、どんなケースだったか記憶にない。大学生になったころは万年筆が入る皮のケースだった。インクがこぼれて汚くなったのを今おもいだした。それにしても実感が戻ってこないのが不思議だ。

 

40色鉛筆 クレヨンと同じように、新しい色鉛筆が長い間引き出しの中にいた。そして色鉛筆の存在さえも忘れてしまうころ、文房具屋できれいに展示された色鉛筆をみると、無性に買いたくなる。幸い高額なので衝動買いをしないですんでいる。

 

» Continue reading

| | Comments (0) | TrackBack (0)

«2018年10月に読んだ本